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う〜む…、まずった…
最初っから、わかりきっていた事だったが……
今俺を襲っているのは強烈な熱気と湿気、飢えと乾き…
ただいま遭難中…
しかもジャングルのど真ん中……
「何処だよここ…」
思わず呟いた愚痴も、うっそうと生い茂る木々の間に吸い込まれる。
『ここに着いた』とたん大ピンチだ。
あ…足が笑ってる…いよいよヤバイな、これは。
ドサッ…
動転する俺の視界。
それと共に襲い来る痛覚。
ああ…水がほしい…
意識が薄れてく…限界かな…
ああ…姉貴…先立つ不幸をお許しください…
………
明るく振舞ってる場合じゃねぇ…
マジでヤバイ………誰か…水…
………
……
…
ORUGA-ZERO
No01:The Lightning Punisher
(1)
………冷て…
俺の頬を水が伝う感覚が走る…
どうやらまだ俺は生きてるっぽい…
俺の上には布が乗っかってる感覚。
周りからは人の話す声。ありがたい…誰か助けてくれたらしい。
少しかび臭いのが気になるが。贅沢は言っちゃいけない。
助けてくれた人に礼を言わなきゃ…
……あれ?体に力が入んない…そんなに衰弱してたのか俺?
「今、少し動いたね」
俺の耳に女の子の声が入ってくる。いいシチュエーションだなおい…
「そうだな、目を覚ますとしたらそろそろじゃないか?」
と、今度は声変わりも終わってないような男の子の声。
って言うか意識はある。体動かんけど。
「誰なんだろうね?見た事もない格好してたけど」
「この服なんかかなり頑丈に作られてるぞ。この紐もかなり薄いのに千切れない」
…俺のデニムのシャツとその肩に巻きつけてあるベルトの事か?
っていうか俺、脱がされてるんか?
俺は薄らと、目をあけて見る。
まず俺の視界に飛び込んできたのは、土を固めて造ったっぽい壁と天井。
壁には穴があいていてそこから青空が見える。部屋はこの一室だけ出らしい。
次に見たのは、クリーム色のボロボロの繋ぎを着た兄妹と思われる少年と少女。
歳は二人とも14〜2だろうか。二人とも黒髪黒瞳だ。
痩せこけてるのと身形から決して身分が高くない事が覗える。
「あ!起きたよ!」
女の子は後ろに居る、兄(?)に伝える。
兄は俺の事を一瞥すると。脇に置いてあった俺の服を持ち俺の横に来る。
「お前の服だ…」
素っ気無く俺の上に服を置くと再びもとの位置に戻り、置いてあった椅子に座る。
「…ありがとう…」
俺は搾り出すように謝礼の言葉を言った。
結構衰弱してたらしくかすれ声しか出なかったが。
「ここは…何処かな…良ければ教えてほしいんだけど…」
俺の問いに妹の方が答える。
「トーレ山付近の名前すらない小さな村よ…あなた旅人さん?」
少女は無邪気に聞き返す。
「…ああ…旅人って言えば旅人だね…」
俺は笑いながら返す。すると少年は俺の方を見ながら可笑しそうに言う。
「旅人があんなところを何の装備も無しに渡るなんて無謀だ、
大方、監獄から脱走してきたんじゃないのか?」
監獄?そんなもんがこの付近にあるのか…
ここには着いたばかりで何の確認もしてないし。!!…確認と言えば…
「俺の…荷物は?」
「あれの事か?」
少年は足元から何本ものベルトと布に巻かれた包みを指差す
「ああ…それ、ありがとう運んでもらって」
俺は体を起こし、身体に異常が無いかを確認する。
「で、旅人さん?貴方の名前は?」
うっ…聞かれた、いつ聞かれるかと思ってたが…
俺の名前聞いたやつは大抵笑うんだよな…いや、大丈夫、言葉も通じてるんだ。笑わないでくれるはずだ。ちなみに今、話してる言葉は英語だ…
「…佐倉木…竜火…」
「サクラギ リュウカ?…変な名前だな」
少年が何の遠慮も無く呟く。 いいさ…もう慣れてるから(泣)
「で、サクラギさん?貴方はどこから来たの。」
「……………」
おれは押し黙った………なんて答えれば良いのか全然判らない…
「やっぱ脱獄して来たんじゃないのか?」
少年は疑い深いようだ。っていうか脱獄って何だよ…
「……忘れちゃったんだ…どっから来たのか」
ちなみに大嘘だ。説明してもわかってもらえるもんじゃないし、下手したら狂人扱いされるからな。
「…あっそ…」
冷たいな、少年よ。
「ごめんね、お兄ちゃん、最近人間不信になっちゃってるから…」
「人間不信…ね…」
少年は頬杖を突きながら吐き捨てる。よっぽど嫌な事があったのだろうか…
「それよりあんたもここを早く出て行ったほうが良いぜ?もうそろそろ来る頃だからな」
来る頃?何が…
ん?地面が微かに揺れてる…何かが近づいてくるな。
「ほら来ちまった……どうなっても知らんからな」
「サクラギさん?早く逃げたほうが良いよ!」
少女は慌てながら俺を家の外に押し出す。
「俺の荷物は!?」
「後で取りにきて!」
なんだ?この尋常じゃない慌て方は…そう言ってる間にも揺れは大きくなる。
そして徐々に大きくなるエンジン音…
エンジン音!?
車があるのか、この世界は。
「遅かった…」
少年が呟くのと同時に出入り口の外に、でかいタイヤが映る。
こりゃ、ダンプ並か…
「検挙率bP警察官のジョウさまの御到着ぅ!!」
なんか、だみ声の入った嫌ボイスが聞こえるんだが…
「…来やがった…これであんたも監獄行きだな…」
「え?俺が?」
いったい何?俺なんか悪い事した?
と、俺が思った瞬間、出入り口にのっぽな人影が写る。
「おや、入居者が増えてるようだが?」
さっきの、だみ声だ…聞いてて気持ちの良いもんじゃない…
そいつはずかずかと入ってくると部屋を見渡す。
30代前後の歪んだ顔立ち。伸び放題の髭。
なりは警察官そのものだが、どう見ても山賊やってそうな顔だ
「…で…金は用意できたのか?」
っ!…こんな子供にいきなり金の話か…
「こんな短時間でできる訳がないだろう…」
少年は相手の高圧的な態度に臆することなく言い放った。
それにのっぽの男。確かジョウとか言ってたっけ…
そいつは笑いながら言い返す。
「まあ、後3日あるんだ、それまでに用意できなければ、親父さんは処刑だ」
!!!!!
「判ってるさ…後3日までには用意するさ…」
……複雑な事情があるらしいな…
男は嫌な顔で笑うと俺の方を見る。
「お前、不法侵入で逮捕」
「ナニィ!??」
不条理ここに極まり。検挙率bPって…
どうでも良いような小さい事を無理やり犯罪に昇華させてるだけじゃないか!
いや、間違っちゃいないが…
どうなっても知らない…っつうのはこう言うことか。
「何で行き倒れてた俺が逮捕されるんだ?」
思った不満をぶちまけて見る。
「そんなカッコをしてる時点で怪しい」
却下される…
確かにここら辺にいる皆より俺は浮いているが…
「この人は関係ないですから…逮捕だけはどうか…」
少女は、頭を下げながら泣きそうな声で男に頼む。
だが男は少女を一瞥すると、無慈悲に俺に手錠をかける。
「もしかしたらおまえ達の親父さんの仲間かもしれないからな、無関係なら刑罰を軽くしてやるぜ?」
「金が無きゃ、処刑のくせに何言ってやがる」
と、少年は素っ気無く呟く。
…………………なにぃ!?
金ねえぞ、俺!!ここに来たばかりで、いきなり大ピンチか!
それと、親父さんの仲間…ってどういう事だ?
「ま、そういう事だ、この領域での法律は二つ。金払えば無罪放免、払えなきゃ処刑ね
あ、安心しな、執行猶予はあるぜ、その間に金を稼ぎな、そんじゃあ、連行!!」
男が連行と言うのと同時に、装甲服を着た、数名の機動隊らしき人物があらわれ俺の腕を拘束して歩き出す
…なんつう法律だ…、さっきの監獄っつうのはそう言うことかよ。
外にでると森に囲まれた集落のようなものが見える。ここは集落のはずれのようだ。
全く…シャレんなんないな、この状況は…
あっと、礼をもう一度、言っとかなきゃ…
「二人とも、助けてくれてありがとうな、またな」
俺はそういうと、おとなしく機動隊に引っ張られながらダンプのような車に乗り込んだ。
俺は窓際に座り、泣きそうな顔でいる少女と、相変わらず素っ気無い少年に向けて手を振った。
そのうち車は走り出し、森を割くように伸びてる舗装されていない道を走って行った。
まったく…厄介なことになった…
『ゼノ』とヴェルも置いてきてしまった……
さてこれからどうするか……それより俺はどのくらい眠っていたのだろうか…
いろいろな思考を俺が巡らせてる間に、
車の進む先に要塞のようにそびえ立つ建物が見えてきた…
(2)
「さて…どうしたものか…」
俺は地下牢の中で誰にともなくつぶやいた…
壁に備え付けてあるベンチでブツクサ言いながら寝転んでいる。
薄暗い石畳の部屋の片隅にある便器から異臭が漂ってくる。
壁にはカビが…しかも、その中でで最大級の種類…キノコなるものさえも生えていて…
衛生環境最悪…
いくらなんでも…これはないだろ…
外とは大違いだ。
連行されてここに来る時にチラッと見たのだが…
城砦のように聳え立つコンクリート製の建物……
そこを覆うように高さ10mはあるコンクリート性の外界からの隔壁…
その壁の上に数十メートルきざみで設置されている2連装砲塔…
ここの施設は監獄というより要塞だ…
さっきの兄妹も言っていたが、保釈金をふんだくってここまで大きくなったのだろう。
看守もどいつもこいつも粗暴な態度で…
ああ…胸くそ悪い…
かといって、これからどうするという事も出来なく
ただ自分の無力さを実感する事しか出来ないのが今の俺の状況だ…
その自分への憤りもあるが、それ以上に、俺は別の事に腹が立ってて今、最高に機嫌が悪い。
執行猶予は3日
つまり4日目に処刑という事だ。
沸々と怒りが込み上げる…ここいらの連中が、人の命に値段をつけている事。
そして同時に悲しい…
…囚人達が金で自分の命を買っていること…
生きる為には仕方が無い…そう判っているのに、その様な感情しか自分の心に浮かんでこない。
自分の傲慢さを改めて感じる…
しかし、このまま行けば、処刑される…
その現状が重く俺にのしかかる…
「…ふぅ…」
俺が思案に暮れ、今日何度目かのため息をついた時…向いの牢からぼそぼそと声が聞こえてきた
どうやら向いの二つの牢に居るそれぞれの人間が話合っているようだ…
俺は聞き耳を立ててみた…
「……明日が決行日……準備は出来てるか?」
「あぁ…子供達が計画通りにやってくれれば…」
…………?
「しかし…あの子達には酷なんじゃないか?」
「そうも言ってられないだろう…捕まった仲間達の大半は明日で処刑だ…
その前に何としてでも成功させなくては…あの子達の親に申し訳が…」
会話はそこで切れた…
看守がコツコツと乾いた音を立てながら近づいてきたのだ…
ここに居る囚人たちにとっては悪魔の足音だろう…
凶暴な顔つきをした看守は、俺の居る牢を覗き込み、異常が無いことを確認すると次の牢に歩を進めた。
一定間隔で、どんどん足音が小さくなり、完全に足音は消えた…
だが、それっきり向い側に居る囚人達の会話は聞こえなくなった。
何の物音もしなくなった薄暗い廊下を見ながら、俺はつぶやいた…
「…どうしたものか…」
結局…今日はそれから何が起こることもなく…俺は暇を持て余したまま…睡魔に捕らわれた…
数時間前…
あ〜あ…連れて行かれちまった…
俺は『意識』の中で毒づいた
何だって、こう…いつもあいつはトラブルに巻き込まれるんだ?
いまだに部屋の中にはさっきの車が巻き上げた砂煙が充満している…
兄の方は、さっきから椅子に座ったまま、同じ格好を続けている。
何を考えているかその表情からは読み取れない…
少女は、車の去っていった方を見つめながら呆然と立ち尽くしている…
その表情はとても悲しそうな表情をしている…
なぜさっき会ったばかりの人間にそこまでの感情がもてるのか疑問だ…
…数十秒後、少女が部屋に入ってくると、今まで竜火の寝ていたベッドに腰をかけ、うつむく。
「騒々しい男だったな…」
少年が思い出したようにつぶやいた。それに呼応するように、少女は泣き出した…
「ちっ…嫌な所まで兄貴に似てやがった…」
少年が誰にも聞こえないような声で、忌々しそうにつぶやく…
なるほど…そういう事か…
この二人は昔も同じような状況に遭ってたのだろう…
まぁ放浪者ではなく身内だろうが…
しかし、少しヤバイ状況だな…
竜火が処刑されるまで4日…
それならまだ竜火に余裕はあるが、『俺達がもたない』…
『俺達』が動けるのは3日後。……その前に御陀仏か…
さて…どうする…
「泣くな…」
おれが、思考をフル回転させていた時、少年が静かに、そして意を決したように少女に言い放つ…
「明日そいつも助ければいいだろう…」
「…でも…そんな事したら、兄さんが…」
………俺はこの状況から少年の考えていることを予測した。
「関係ねぇ…結局は、ついでにしかならないだろうが…」
ふむ…なるほど、この少年……
人間、やはり自分の肉親に泣かれると弱いな…
ただ、少年の考え方は、竜火、そして『ヴェル』が一番嫌うことだろう。
ここで、ヴェルが黙ってるとは思えない。
…だがどうしても解せないな…数分だけしかあってない竜火に、なぜそこまで出来るか。
そこは俺の知る所ではない。
「もう日が暮れる、あとは、明日になり次第…」
少年はそれ以上、何も言わなかった。
少女は黙ったままロウソクを吹き消した…目には未だに涙が溜まっている。
少年と少女はそれぞれのベッドに入り、しばらくすると寝息を立て始めた。
……静かな夜だ…音もたたない……
明日は一波乱あるな。ヴェルも同じ事考えてる様だし。
さて、俺の『牙』でも研いでおくか…
静かな夜は、突然の爆発音によって終わりを告げた。
立ち上る火柱と、天を覆う爆煙、それを煽るように広がる爆風が地面を薙ぐ。
俺は、鉄格子のかかった窓からの爆風と轟音によって寝ていたベンチから石造りの床に投げ出された。
「痛っ…何だ?」
俺は打った腰を抑えながら、窓の外を見てみる。
見れば俺に居る棟の真正面に位置する塀の上にある砲塔が、見るも無残に破壊されている。
そこら中から、警戒態勢を告げるサイレン音が一帯の空気を振るわせる。
それに踊らされるように、看守や兵隊らしき格好をした人が縦横無尽に行き交う。
続いて再び轟音。今度は、この棟からすぐ左に位置する建物から、オレンジ色の光がほとばしる。
C4爆弾!?
吹き飛んだ瓦礫によって、人が無残にも潰されていく……
全身が燃え盛り、身悶えしている看守を見捨て逃げる兵隊…
「くっ!!!」
…この光景に俺は全身が粟立った…
俺は窓の鉄格子を掴み、思いっきり揺さぶりここから出ようとした。
(この光景は…ちぃっ!!)
俺は自分の奥底に眠る、記憶を必死に押さえ込んだ。 俺は全身から発汗し、狂ったように鉄格子を揺さぶり続けた。
それは恐怖からではないのは確かだった。
「畜生!!」
俺は鉄格子を思いっきり殴りつけた。だがそれでも、鉄格子はびくともしない。
「まだ回復できないのか!?」
俺は忌々しく叫んだ。外では、移り火した炎が、徐々に施設全体を蝕んでいく。
逃げ惑う人々。いつの間にか抜け出した囚人達すらも外で逃げ惑っている。
!!『明日が決行日』って言うのはそういう事かよ。
恐らくレジスタンスかなんかの武装蜂起。
夜襲の大脱走…死人が出るのを覚悟で…
俺の指の隠せないグラブで包まれた左手が痛み出す。
く…畜生…また何も出来ないのか!?
その時、俺の背後から、ガチャという音が鳴った。
俺は音に反応して振り返る。
外の明るさに比べて、この棟の中は、暗闇に包まれている。
その暗闇の中に…鉄格子の向こうに人影がたっている。
目の慣れていない俺は、その人物が誰なのか未だに確認できない。
「出ろ…」
人物は小さく、そしてつぶやく様にして言った。
いつの間にか、監獄の鍵は全部開けられてるらしい。人の気配は他に感じられない。
「早くしろ、ここもいずれ火が回るぞ」
その言葉の直後、俺の背後からまた爆発が起こった。
その爆発に照らされ、その人影の全身がハッキリと暗闇に浮き出る。
「…君が…」
昼間、俺が助けてもらった…少年だった。
外から銃声が響きだす。それと共に断末魔が俺の耳に突き刺さる。
俺は少年を見据える。怒りを押し殺して問い掛ける…
「何をしている」
少年は無表情のまま、何の行動も起こさない俺に対して言い放つ。
「妹はどうした…」
俺は少年の言葉を無視して尋ねた。しかし、少年は俺を一瞥すると踵を返し、出口の方へ歩いていく。
俺は黙ってそれを追った。俺はローブ姿の少年の後姿をみて。悲しくなった。こんな少年が、ここまでの事が平気で出来るなんて…
俺達は出口に歩を進め外に出た。銃声が未だに鳴り響き、所々に瓦礫や、死体の肉片が飛び散っている。俺は息を飲み、その光景が目に焼きついていくのを感じ取った。
「どうする気だよ…こんな事して」
俺は二つ目の質問をした。少年は正門の方へ歩き出しながらつぶやく様に言った。
「人を探してる、そしてここを潰す」
少年は何の感情も抱いてないように冷たく言う。
止める事は出来ないと、俺はすぐに悟ることが出来た。
余りにも鬼気迫る殺気がそれを物語っている…俺は何も言うことが出来なくなった。
……銃声が徐々に大きくなる。どうやら正門付近で銃撃戦が行われているようだ。中央の建物を回りこみ、正門が見えてきた。
正門にはバリケードが設けられ、その周りには鮮血が飛び散り、何人もの死体が散乱していた。
バリケードの奥か人が上半身を出し、マシンガンを『敵』に向け発砲する。
その中に見覚えのある顔があった。
俺はそれを見た瞬間、一気に怒りのボルテージが上がった。俺は少年の胸倉を掴み、壁に押し付けた。
「何故、自分の妹を巻き込んでいる!!」
少年は、冷たい瞳で俺を見たまま黙っている。
「自分の肉親だろう!!」
腕に力が入る。俺が目に捕らえた人物は、目の前に居る少年の妹だった。
ギリッ、と自分の奥歯がきしむのを感じる。
だが少年は、俺をまっすぐに見据えると、さっきとは違い、とある感情をこめた声で静かに言葉を紡ぐ。
「肉親じゃなければ…戦いに駆り出しても良いのか?」
「っ…!!」
その言葉に俺は押し黙るしかなかった。
「これは俺達の戦いだ、あんたには解らんだろうがな…」
俺は少年から、ゆっくり手を離す。少年は黙ったまま、そのまま建物に入って行った。
その場に残された俺は、やり場の無い虚しさだけが残った。
少年を見送ると、黙って正門の方に歩き出した。そうでなければ、押しつぶされそうだった。俺は城壁に拳を叩き付け、吐き捨てた。
「何でこんな時に…俺は『弱い者』なんだよ!!」
自分の中に広がる、モヤモヤした気持ちを抑えながら、正門のバリケードへ走った。
途中、何度か銃弾が俺の身体をかすめたが、そんな事は全然気にならなかった。
俺がバリケードに滑り込むと。中から強烈な鉄分の匂いが鼻を打つ。
そこには包帯を巻かれて囚人達が寝ていた。銃を撃ってるやつらなんて、数えるほどしか居ない。
その中に、あの少年の妹が居た。バリケードの上に居た少女は、俺を視界の中に捕らえると、顔をパッと輝かせこっちに降りてくる。
その表情は今この状況で場違い過ぎ、心が痛んだ。
「サクラギさん、無事で何よりで…」
「……あぁ…お兄さんのおかげで…」
俺は、自分でも元気が無いと思うほど低い声で答えた。
さっきの少年の言葉が、心に深く突き刺さったまま…
俺はこれからどうすればいいのかは理解していたが、その後のことが全く思いつかなかった。
この状況の中で、どれだけ多くの人を生かすことを考える。そのなかで、俺のとるべき道は、今のところ一つしかなかった。
「どうしたの?」
少女は人懐っこく聞いてくる。俺は覚悟を決め、地面に無造作に置いてあったマシンガンをおもむろに拾い上げる。
「俺も…戦わせてくれ…」
今の状態の自分に何が出来る…?
だがやらなきゃ誰かが死ぬだろう…?
俺が死んだらこの世界の人が…
死ぬ訳には行かない…
だけど…俺は…
「…サクラギさんが戦うことは無いよ?…これは私達の…」
少女はなだめるように言った。だが俺は無理して笑みを作り、軽く言い放った。
「大丈夫、戦いは日常茶飯事だよ」
俺はそう言いながら、少女に背を向けた。嘘は言ってなかった…だが、俺は余りにも弱い…
だからと言ってほおっておけるはずも無い。
こうなったら、勘だけが頼りだ。
「あ!!…今出て行ったら…」
俺は少女の声を最後まで聞かずに飛び出した。
銃弾の行き交う中に飛び出し、俺は両手に持ったマシンガンを前方に向け、引き金を引く。
連射された弾丸は、施設の塀から上半身を出している看守の肩口にあたり、筋肉組織を撒き散らす。
もう片方の手にもったマシンガンを、振りながら引き金を引き、複数の兵士にダメージを与えた。連射するたびに爆発する火薬の反動に、幾度となく俺の腕がぶれる。
だが殺すわけにはいかなかった。
俺の頬を弾丸がかすめた。だが立ち止まらない。俺はスライディングし弾丸を交わしながら、撃ち返す。相手の膝から鮮血が地面をぬらす。
続いて俺は走り回りながら相手の弾丸をひきつける。俺は相手をかく乱しながら左手を上げる、その時、銃口を向けた相手の頭が弾け、脳漿が飛び散った。
まだ引き金は引いていない…
「畜生!!」
目の前で奪われた命…。悲しみが込み上げるが・・・止まれない。
そして、そんな身を削る攻防が5分くらい続いた。
大嫌いな血の匂いが更に濃くなる。
「ぐぅっ!!??」
その瞬間、俺の左肩に衝撃が走る。それと同時に、左腕は力を失い、グッタリと垂れ下がる。
全く動かなくなった訳ではないが、使い物にはならなくなった。
俺は血みどろになった左腕を一瞥すると、残った右手で銃を乱射する。
次々と倒れていく兵士達。正気でいられなくなりそうだ。俺は咆哮を上げながら、銃を振り回しながら、突っ走る。
無造作に放ったはずの弾丸は、運良く、全て相手の急所をはずして当たってくれた。
途中、感覚を失った右手が俺の胸にあたり、弾を喰らってしまったのかと思うこともあり、
生きた心地がしない。ただ、この感覚も日常茶飯事だった。
走る先に給水塔が見える。あそこなら火が回ってきても…
俺は給水塔を目指し走った。俺が走る直線状に、数人の看守が立ちふさがる。
「邪魔だぁぁぁ!!」
俺は突っ走ったままジャンプし、一人の顔面を蹴り飛ばすとしゃがみ込み、一気に水平に銃を薙ぐ。
すねから血を出した看守はそれぞれが呻き声をあげながら崩れ落ちる。
くっ…何人いるんだよ!!
何時の間にか俺の身体も傷だらけになって、青かった服装が赤に染まっている。
今まで弾丸を避けてこれたのは、ただ運が良かっただけだった事をその傷は証明していた…
ゼノとヴェルさえ居てくれれば、少しはどうにかなっただろうに…
マシンガンの弾も切れた。
俺は胸を抑えながら、前を見やる。そこには見覚えのある男が居た。
ノッポ、歪んだ顔立ち、伸び放題の髭、警察服…
俺を捕らえた男、ジョウだ…
奴は俺の前に歩いてくると、見下した表情で俺を見る。
「やっぱり、あいつらの一味だったか」
嫌なだみ声は変わらない。
ジョウはバリケードを見やると俺に視線を戻す。俺は息を荒げながら、その眼光を押し返す。
ジョウは微笑を浮かべながら俺に銃口を向ける…
「さて、お前には執行猶予はあるが…」
引き金に指を添える。俺は恐怖に駆られた、死ぬかもしれないという恐怖が。
「個人的に俺が殺せば問題ないな」
その瞬間、ガチンと、金属のぶつかる音が聞こえる。
「ククク…弾丸がもったいないからな…」
ジョウは俺を見てあざ笑う。多分俺の顔は青ざめていたのだろう。
だが、今ので俺にも余裕が出てきた…
「ケチらなければ、俺を殺せたのにな…」
俺は嘲笑い返した…もちろんハッタリだ。今は…
「銃で殺されたいのか?」
ジョウは鼻で笑うと、俺の横っ面を蹴り飛ばした。
俺の視界が一瞬にして変わった。鼻血が飛び散り。地面に斑点を作る。
俺は痛みをこらえ立ち上がり、相手に向かいダッシュし拳を振りかぶる。
だが俺が拳を振り切る前に、俺の顎に奴の拳がきれいに入った。
ぶれる視界と宙に舞う俺の体…
地面に仰向けに叩きつけられ俺は身悶えした…
体が動かない…
そして俺の横面に、奴の革靴の裏が圧し掛かる。
「雑魚が…このまま脳味噌ぶちまけてやろうか?」
奴の足に力が入る。だがすぐに緩んだ。
「いや、靴が汚れる…さっき言ったとおり、銃で殺してやるよ」
奴は、腰のガンホルダーからリボルバーを取り出し俺の心臓に標準を合わせる。
ハンマーコックの音が聞こえた…だが、俺は死ぬ訳には行かない。
俺は感覚の無くなった左腕の力を込め、奴の足首を掴み最後の力を振り絞って体制を崩させた。
俺は抜け出すと立ち上がり、バリケードの方に走り出そうとした。
その瞬間、俺のこめかみを弾丸がかすめた。
「動くんじゃねぇ…」
だみ声が響く。俺は振り返った。
俺を捕らえる銃口 。ジョウの冷血な表情が目に入る…
「まぁ動かなくても殺…」
ジョウが最後まで言い終えないうちに、奴の腕に握られてる拳銃の銃身が弾けとんだ。
「っ!?」
ジョウは、俺から見て左を見た。中央施設のある方向から弾丸が発射されたようだ。
俺もその方向を向く。
そこには、あの少年が居た。手には拳銃が握られ、その銃口はジョウを捕らえている。
「エディじゃねぇか」
エディと呼ばれた少年は黙ったままジョウを睨めつける。
「まさかお前が来るとはな。血は争えないわけだ」
何処からその余裕が来るのか、ジョウはあざける様にエディを見下す。
ジョウの足元のコンクリートが火花を散らし煙を上げる。
「…親父は何処だ…」
エディは煙を吐き出している銃口をジョウの額に向ける。
ジョウは面食らった様な表情を浮かべた。そして肩を振るわせ、大笑いした。
「ハハハハハ…そうか、やはり親父が恋しいか!!ヒャハハハ…」
ジョウは狂ったように笑い続ける。それを見て、エディは憤怒に顔を歪ませた。
だが引き金は引こうとしない。
「失敬失敬…親父さんなら、二度と戻って来れない場所に監禁したぜ?…」
「どこだ…!!」
少年は声を震わせ、叫んだ。…いや、わかってる筈だ…その親父さんが何処に居るのか…
そして俺は、怒りを隠すことが出来なくなってきた…
俺は少年、エディと同じように全身が振るえだした。
ジョウは相変わらず笑い声を漏らしながら。エディを見ている。
「あの世さ…」
その言葉に、はちきれた様にエディは雄叫びを上げた。そして引き金を引こうとした。
だがその瞬間、エディのすぐ近くにあった、給水塔の支柱が爆発した。その爆風に、エディは吹き飛ばされる。
吹き飛んだ支柱の直線状に、何か抉り取ったような痕が直線に伸びる。
それは弾痕だった。そしてその大きさは……まさか!!
「奥の手ってぇのは必要だぜ?」
ジョウは非情なまでの声色で、地面に突っ伏しているエディを挑発する。
俺は、急いで倒れてるエディに近寄り腕を肩に回す。
「な…何だ」
エディは嗚咽を漏らしながら搾り出すように言う。
滑腔砲…しかも、115〜125mmクラスの…それを搭載した兵器…
「MTB(主力戦車)だ…」
どうりで余裕が持てるはずだぜ。
ジョウの背後の格納庫から、5mはある砲身に続き、機銃の剥き出しになった褐色の車体が姿をあらわす。
畜生、この世界にはこんな物まであるのかよ…
「さて、形勢逆転だな…」
ジョウは。こちらに走ってきた戦車のハッチの上に乗ると、砲手に指示を出す。
「第2弾装填、目標は中央検問、3分後に発射だ!!」
!!この野郎…遊んでやがる。行けるか?3分以内にあそこまで!?
俺はエディを肩に背負い走り出した。体中に痛覚が駆け巡る。
後ろからは歯車がこすれる音が絶えず聞こえてくる。俺は来る時より早く走っていた。
何も考えちゃいない、ただひたすら、正門まで走った。
この広大な敷地を持つ監獄を俺は自分でも驚くようなスピードで走り抜けた。
今の自分で…このスピードか…
後30秒、間に合う、充分に間に合う。
俺はバリケードに飛び込むと、叫ぼうとした、
だが息が切れて…思うように言葉を発することが出来ない。
「お兄ちゃん!!」
エディの妹が近寄ってくる。彼女は、エディの無事を確認すると俺の方を向く。
「…ありがとう…」
感謝してくれるのは良いけどそれどころじゃない…俺は、声を無理矢理搾り出す。
「逃げ…逃げろ……戦車が……」
俺がそこまで言うと、そこにいる人たちは状況を理解したらしく慌てて怪我人たちを運び出した。
人が慌しく行き交う中、この兄妹だけは動くことが出来ないでいた。
「…お兄ちゃん…父さんは…」
意識が朦朧としているエディに少女は懇願するように話し掛ける。
エディは何かを言おうとしたが、呂律が回らず上手く喋ることは出来ずにいる。
早く逃げなきゃ…俺は身体に鞭を撃って、エディをバリケードから連れ出す。
少女もそれについてくる。後5秒…よし…誰もいない…俺は充分に離れた距離からバリケードの方を見やる。
一人残っていた、少女が何時の間にか、バリケードの後ろに居たのだ。
その瞬間、バリケードの上の塀が煙を上げて崩れ落ちてくる。
「ちぃ!!」
俺は、今度こそ最後の力を振り絞り、バリケードへ走った。
火事場の馬鹿力という奴だろうか。
今の俺からは信じられないスピードで走り少女を腕を掴むと、一気に放り投げた。
やたらスローに視界が動きだした。
上から落ちてくる瓦礫も…弧を描き投げ飛ばされた少女も…そして、暗転していく俺の視界も…
そして衝撃が俺の身体を襲い、俺の視界は瓦礫によって塞がれた。
(3)
……昔の記憶…
どこまでも広がる砂に埋もれた廃墟…
真っ赤に染まった空…
懐かしかった…そして思い出したくもなかった…
俺の目の前に静かにたたずむ少女…
俺と同じ、蒼髪と真緑の瞳を持つ者…
彼女は俺に笑いかけた…そして……そして…
…………
……
…
俺は爆発音で目がさめた…全身を激痛が駆け巡り、今にも嘔吐しそうに気持ち悪い。
俺を包むような瓦礫の山が真っ先に目に入る。
そばにあの兄妹がいる…おれは、虚ろな目で二人を見ると、今までのことを一気に思い出した。
「くっ!!」
俺は一気に身体を起こそうとしたが、左腕が何かに引っ張られ途中でへたり込む。
「動くな…左腕が…エリス、止血剤は…」
「もう切れちゃってるよ…」
エディが俺の身体を押さえ込み何かをやっている。見れば俺の左腕が瓦礫にはさまれグシャグシャになっている。どうりで痛覚が働かないはずだ…もう完全に、俺の左腕は死んでいたのだから。
「サクラギさん…大丈夫…な訳ないよね…」
エリスと呼ばれた少女は今にも泣きそうだった。確かに大丈夫ではないが…
「あぁ、まだ許容範囲内だ…」
「え?」
俺の言葉に、二人は面食らっている。あ…まずった…俺は慌てて訂正する。
「え…と…大丈夫」
俺がその言葉を言い終わった途端、また爆発音が聞こえてきた。
その直後、俺たちは爆風に巻き込まれる。
爆風はそんなに大きくなかったが、今の状態の俺には十分のダメージを与えた。
「あの化け物…」
エディは忌々しそうに舌打ちをする。
銃ぐらいしか武装のないこっちが戦車相手に何が出来る訳もなく、ただ迷走するだけの光景が飛び込んでくる。
「ちくしょう…ゼノとヴェルさえいれば…」
機銃の流れ弾がこちらに飛んでくる。弾丸は俺の髪をかすめ、後ろの瓦礫に当たった。
外れてくれたものの、まさに無鉄砲に飛んでくる弾丸はいつ直撃するかも分からなかった。
「逃げろ…俺が何とかするから」
俺の言葉に、二人はきょとんとした表情を浮かべる。何でこの状況下でそういう表情をするのか…
「サクラギさんはどうするのよ?」
「瀕死人が何が出来る…それに逃げたら負けだ…逃げられる訳が…」
「死んでも負けだ!!」
俺はエディの言葉を遮り、強い口調で言う。俺は身体に力をいれ身を起こす。
途中、瓦礫で挟まれた左腕がそれを邪魔するが、俺はかまわずに身体に力を入れた。
ブチブチと筋肉のちぎれる音がする、それと同時に、肩口から鮮血が飛び出した。
俺は肩に巻いてあったベルトを更にきつく締め、血管を圧迫し止血を行う。
「…そこまで…何でそんなに介入して来るんだ…」
エディは声を震わせながら、俺に問い掛ける。
エリスは、今の光景がショックだったのか、目に涙を浮かべたまま硬直している。
さて…行くか…未だに俺の身体は、完全には働かないが…何もしないよりはマシだ。
俺は黙ったまま一歩を踏み出した。そのたびに左肩から血が滴り血のまだら道を作る。
激痛も治まることはなく、俺の身体を蝕む。
死体や血溜りが所々に見られ、中には腕だけなのもあった
…冗談じゃない…貴様らにそんな権利はない…誰も奴を裁かないなら…俺が奴を裁いてやる…
俺は、湧き上がる、自分以外の意思を無理矢理、押さえ込ながら歩く。
俺は奴の延長線上に立った。奴の砲塔が俺を捕らえ、俺から十数m離れた地点で停止する。
息が荒くなってきた…血を流しすぎたせいだろうか…
「まだ生きてたか、雑魚…」
嫌な、だみ声がスピーカーを通して辺りに響き渡る。この間に、皆が逃げてくれればそれでよかった。あとは、体力が持つかどうか。
「ふん、雑魚が3人でどうするつもりだ?」
!!??…俺は後ろを振り返った。そこには、エディとエリスが立っていた。
二人とも、鬼気迫る表情で戦車を見据えている。…いや、俺にも分かっていたはずだ…
この気迫…止められないと…。
「…やっぱり逃げれない…親父を殺したこいつは、せめて一矢でも報いてやる……」
エディは歯をギリ、と鳴らしマシンガンを構える。
「私も、戦わないで死ぬなら…」
エリスも毅然とした口調で言い放った…。
「馬鹿言うな…死なせない…絶対に…」
俺は、命を捨てる覚悟でいる二人に、諭すように言い放った。
その言葉を聞いて、中にいるジョウが大笑いを始めた。
「ハハハハハ、そんな台詞は、この圧倒的戦力差を見てから言いな!!」
その台詞が終わると同時に、滑腔砲が俺たちの方を向いた。
それに対抗するように、後ろの二人が、マシンガンの引き金を絞る。
だが、数ミリ程度の弾丸は、戦車の装甲に傷一つ付けることできずに火花を上げて弾き返される。
俺は二人を抱えて逃げ出そうとしたが、いま自分には片手はない。
それに全身が激痛に苛まれていて、まともに動けるかどうかすら疑問だった。
「じゃぁな!!」
ジョウの声が高らかに響き、その瞬間、耳を裂く火薬の破裂音が轟いた。
辺りは衝撃に包まれ、煙が鼻や目を突く。どうなったのかは全く分からない。
だが生きていることだけは確かだ。俺は二人を手探りで探した。
『何故助かったか』など、気にしてはいられなかった。辺りの煙が晴れてくる。
それに伴って見えてきたのは、呆然と立ち尽くした二人だった。
二人はがたがたと膝を震わせ、力が抜けたように座り込む…
二人の無事を確認した後、俺は改めて、何が起こったのかを確認しようとした。
戦車付近には未だに煙が立ちこめ、その中に巨大なものを背負っている人影が見える。
そのシルエットは、見覚えがった。
「ゼノ!?」
俺は叫んだ。すると人影は振り返り、こちらに歩いて来る。
真っ黒い服装にボサボサの銀髪。目つきが鋭いのがやたら印象に残る12歳くらいの少年だった。
「ボロボロじゃないか…また無茶しやがて…」
俺がゼノと呼んだ少年の左手には、戦車の放った弾丸が握られている。いつもながら凄いことをする。ゼノは背中に背負っている、ベルトが何重にも巻いてある布を俺に投げてよこす。
後ろの二人は、相変わらず呆然としたままだった。
「ヴェルは?」
「寝てる、最低限のエネルギーを残して俺に回したからな…」
そうか、俺が居なきゃ二人は……
俺たちの会話に、二人はついていけないようだった。
「畜生、何が起こった?」
「計器が異常な数値を示していて、反応できません。」
戦車の中から、ジョウ達の慌てた声が響く。いい気味だ…
それを聞いて笑みを浮かべた俺を、ゼノは俺の身体を一通り見回すと素っ気無く呟く。
「これを回復させるのは骨だな…めんどくせ…」
俺は苦笑いを浮かべた…さて雑談はここまでにしておくか。
「端末の空間適正化完了までは…」
俺は短く聞いた。それに対して、ゼノも短く呟く。
「後30秒…」
「ジャストタイミング!!」
俺はそれだけをゼノから聞くと、布を巻いていたベルトを外し始めた。
パサリと布が地面に落ち、中から奇形の剣が2本、姿をあらわす。
その剣の柄には、小さい緑色の球体がそれぞれ6つ、はめこまれている。
片方はバスターソードタイプ、もう片方がブロードソードタイプだった。
俺は残った右腕にブロードソードタイプの剣を持つと、ゼノに向かって言った。
「修復頼む」
それを聞くと、ゼノの目つきは更に鋭くなった、それと同時にその姿は霞みがかり、空間に溶け込む。ゼノの掴んでいた弾丸が。カランと音を立てて落ちる。
それと同時に、俺の握ったブロードソードタイプに埋め込められた、6つの球体が光りだす。
(損傷度40%オーバー…だいぶ無茶したな…)
ゼノの声が直接耳の鼓膜を揺さぶる。ゼノはこの剣の分身体だ。
この剣は、クロノアームと呼ばれ、遥か昔、人間が存在しないはずの時代に超越技術(オーバーテクノロジー)によって創られた、オーパーツ兵器の残存種。
ただ兵器といっても、この2体はれっきとした『生物』であることが最大の特徴。
その中でもトップクラスの性能をもつ、刀剣『ゼノジード』
そしてもう一体のバスターソードタイプの剣『ヴェルディアード』
とある理由によって俺と行動を共にしている。それは主に俺の発する波調に呼応してエネルギーを得るが1体だけだと、数日しか、『生きる』事が出来ない。
(異空間における通常端末の適正化…完了)
その無機質な機械の発する様な声が聞こえた瞬間、自分の身体の拘束感が解けるのを感じた。
…これで、今までのようには行かない。俺の左腕がブロックを重ねるようにして修復され体中の傷が癒える。
ゼノが後押ししてくれるお陰だ。
(おい、また人格増えてるぞ…)
その言葉に俺は何も言わなかった…言ってもどうしようもない事だったから…
そう言ってるうちに俺の左手が指先まで完全に修復された。
その光景を、後ろの二人はただ呆然と見ている。そりゃそうだ…
ある意味、魔法って物を見せられたようなものなんだから…
「化け物…」
ジョウの声がスピーカーから聞こえてくる。
俺は回復した左腕で『ヴェルディアード』を持つと…戦車に向き直る。
(こら、起きろヴェル…)
(…ぅ…ぇ…あぁ…おはようございますぅ…)
ゼノの声に対して、気の抜けた女性の声が聞こえてくる………
だが俺は完全に起きるのを待ってられなかった。相手が機銃を撃ってきたからだ。
連射されてくる弾丸を、俺はゼノとヴェルを振るいながら弾丸を全部、叩き落す。
金属の衝突し合う音が聞こえるたびに地面に突き刺さる弾丸が、小さく煙を上げる
それは、重量と慣性を無効に出来る、この2対の剣の特殊能力が有るから出来ることだった。
それに完全に回復した俺の身体にとっては造作もないことだった。
「な!?…」
俺は改めて、戦車の方を睨み付けた。そしてゆっくりと歩き出す…
(痛い…人のこといきなり起こして戦闘中ってぇのはどう言う事よ…)
(悪かった…)
そう言っているうちにも、機銃が俺のことを狙って連射してくる。
避けられるものは全部ステップを踏みながら避け、後ろの二人と自分に当たりそうな物は全部剣で弾く。
「何者なんだ!?」
ジョウの悲痛な言葉がその場に響く。これで立場が完全に逆転した。
その時キリキリと戦車の主砲が、動き出した。どうやら機能が完全に回復したようだ。
だが狙うのは俺ではない…後ろの二人…
ちぃ!!俺だけ狙えばいいものを、俺は後ろの二人の元へ走った。
そして二人の前に立ちはだかり戦車と対峙する。
『死ねェェェ』
ジョウは咆哮を上げる、その瞬間、滑腔砲が火を噴いた。弾丸は回転しながら加速をつけ、俺たちへ突き進む。
俺は、2対の剣を引きずりながら一気に地を蹴った。その直後、周りの時間が遅く流れ始める。
それは俺が光の速度へ近づいたことを意味する。
引きずった剣の切っ先から火花が散る。
弾丸の速度がゆっくり見える中、俺はジャンプし2体の剣の刃を重ね、渾身の力を込め弾丸にそれを叩き付けた。 その瞬間、弾丸は強烈な力の付加によって、今までの半分以下の大きさになり、地面に叩きつけられる。
そして地面が揺れた時点で俺の周りの時間は普通に流れ出した。
俺が叩き落した弾丸の落下地点から、放射状に十数mに渡り亀裂が走っている。
「なんだよ…今のは…」
エディは呆けた顔をしながら呟いた。たぶん一瞬、俺のことが見えなくなったんだろう。
そして今まで何もない空間から姿を表したのだから当然っちゃあ当然だ。
俺はニヤリと笑いながら戦車に剣の切っ先を向ける。
「さて、次は、その玩具でも壊させてもらうかな…」
そういうなり俺は2本の剣を指に挟み込み、片手一本で持ちながら居合の構えを取る。
「ぐ…偶然だぁぁぁぁ!!」
お、だみ声が裏返ってきてる…まぁそんなことはいい。
この戦いで命を落とした人々…その恨みには足りないかもしれないけど、この戦い最後の攻撃を俺は仕掛けた。
俺は一気に土をけり身体を目一杯捻る。
滑腔砲が再度、俺に標準をあわせキリキリと歯車の音を立てる。だが撃たせない!!
俺は車体を目前にして身体中に力を込めた。
『連牙』
俺は小さく呟くと、捻りきった身体を力いっぱい振り切る。
連なった牙が、装甲に2筋の閃きを残しながら消えていく俺は振り切った体制のまま着地する。
勢いが余って、地面に着地した後も自分の足が引きずられ、倒れそうになるが、何とか踏ん張り体制を立て直す。
が…今度は踏ん張りすぎて尻餅を突いてしまった。
次の瞬間、俺が刃を当てた装甲が砕け、まるで大砲の弾が装甲を抉ったような痕が走った。
その痕はコックピットまでに達し、中からジョウ、他2名が気絶している表情が見て取れた。
爆発音が再び響く、施設の火薬庫に引火したようだ。
(…ここに居ると危ないぞ?)
ゼノの言葉に俺は我に帰り後ろを向く。未だに力が抜けきった表情で、二人がへたり込んでいる。
何時の間にか戦車の残骸の中から3人は姿を消していた。
まぁ、生きていりゃあ、それで良いか…
やば…俺はゼノとヴェルをベルトの背中についている簡易ソードホルダーに収めると、二人を脇に抱え走り出した。
途中、布を広げた場所に転がっていた小袋を拾い上げると、勢いよく正門から外に飛び出す。
俺は安全と思われる区域にまで二人を抱えてくると再び振り返り、炎上している監獄を見る。
夜の闇の中、赤く染まる空を見上げ、俺はため息をついた。
いったい何がこの戦いを引き起こしたのだろう…少し考えてみれば表面的には解るかもしれないが…。根底で何がそれを引き起こしたのかは誰にも分からないだろう…
俺のそんな疑問すらも燃やし尽くすように、炎は施設を丸呑みにし、全てを燃やし尽くして収まった…。俺はその光景を今までジッと見てたエディとエリスを振り返った。
二人とも目に涙を浮かべている…今まで自分達を苦しめてきた物が消えた…
そして、自分の肉親を永遠に失ってしまった…
様々な理由があるだろう…
(たくさん、人が死んだのね…)
ヴェルが小さく口走る…俺は唇をかみ締め、悔やんだ。
もうちょっと早くここに来ていれば、誰も死なずに済んだんじゃないかと。
(……悔やんでどうする…俺達が来なければ死人はもっと増えたんだ…)
ゼノが俺の心を見透かしたように言った。だがまだ方法はあったはずなんだ…
「終わったんだよな…」
エディが声を振るわせ呟いた…俺は自分の胸に掛けられている、血塗れの十字架を握り呟いた。
「終わった…」
俺は十字架を強く握り締めた。
「エリス…父さんのことは…」
エディがそう切り出した途端、エリスは顔を多い嗚咽を漏らしだした…
解っていたのだ…親はもう天に召されてしまった事を…この歳ではきついことだ…
いや、この歳でなくとも…理不尽に奪われた命は特にこたえる。
その泣き声に呼応して、エディも頬を濡らしだした…
……俺はあの時、この純粋な心すら持ち合わせていなかったのだな。
頭によぎった昔の思い出を、俺は無理矢理、振り払った。
「すまなかった…」
俺が謝罪の言葉を口走ると、エディは凄い剣幕で怒鳴り始めた。
「何故お前が謝る必要がある!!お前は見も知らない俺たちのために戦ってくれた!!
戦いも終わらせてくれた、なのに何故謝る…」
口からつばが飛ぼうがお構い無しに暴言とも感謝とも取れる言葉並べた。
「お前が居てくれたからエリスも死ぬことはなかった…」
最後にそういうと、エディは押し黙った…そしてそれより先は、エリスが言葉を紡いだ。
「ありがとう…本当にありがとう…」
短く、小さい言葉だった。…俺は涙が出そうになった。俺は強くまぶたを閉じる…今までのことが思い出されてくる…
「これでしばらくは、戦いもないだろう…」
短い戦いだったが…確実に平穏が訪れる…
「サクラギさんは…これからどうするの」
そのエリスの言葉に俺は少し言葉が詰まった。どうするかはまだ決まってないが…
ここに留まる訳にもいかなかった…
俺は屈み込み荷物を整え出した。服の詰まった小さめの袋を布に包むとその上から
ゼノジードとヴェルディアードを収め、布で包み込み、上からベルトを何重にも巻きつける。
((ふぅ…窮屈…))
二人が同時に呟いた
「我慢しろ…」
俺がそうぼやいた後、屈み込んでいた俺の背中に二人が圧し掛かってきて、包み途中のゼノとヴェルを覗き込んだ。
「ふん…3人で旅なんて楽しそうだな…」
「一体どういう剣なの?あ、私エリス、よろしく」
もう、剣が喋る事にすら驚かなくなっていた。順応性が高いこの二人に俺は少々驚いた。
いや、顔を見てみればわかる、二人とも無理矢理、表情を作ってる。
心が痛くなる。だがそれは慣れていくしかない…
さてと…荷物は詰め終わった。後は…
俺は二人をいきなりガバッと抱きしめ、二人にそのまま問い掛ける。
「生きていく意思はあるか?」
いきなりの行動に、二人はきょとんとしていたが、俺の言ってる意味を理解すると、二人同時に返事をした。
「あぁ」
「はい」
「大切な人を守れるか?」
「あぁ」
「はい」
二人とも答え方は違うが明確な意思がその言葉には宿っていた。そして俺は最後の質問をした。
「二度と殺生はしないって誓うか?」
二人とも、一瞬迷ったものの見事なまでに同じタイミングで答えた。
「了解!!」
何で了解やねん…まあいいさ。俺はそれを確認すると、布のかたまりを背負った。
「行くのか?」
俺の行動に、エディが名残惜しそうな表情を浮かべる。
用事はないし、もともと先を急いでいたからな。とは言っても、何か目的があるわけでもないが。
「あぁ、待たせてる奴がいるんだ…そいつが何処にいるかは解らないけど…」
その言葉に二人はため息をつき、苦笑いする。
(留まっていてほしいみたいだよ?)
ヴェルが俺にしか聞こえないように横から口を挟む。
んな事わかってる…だが、下手したら、今日の事もあるし、俺に頼りっきりになってしまう可能性もある。どっちにしろ留まる訳には行かない。あいつ等が…俺を追ってきたら…
「もう行っちゃうのね…」
エリスが寂しそうに呟くいた。
「落ち着いたら、また来るよ」
俺は慰めるように、エリスの頭をクシャクシャと撫でながら明るく言う。
それが少し痛かったのか、エリスは、眉をひそめ、しかし笑いながら俺に問い返してきた。
「また来るの?」
「あぁ」
俺は短く答えると、ポケットの中にあった500円硬貨を二枚取り出した。
この世界で使える訳は無いだろうが…記念にはなるだろう
「これ、記念品だ、特に意味は無いけどな」
俺は笑いながら二人の小さな手のひらの上に、それぞれ硬貨を置いた。
さて…と…そろそろ行くか…
(忘れ物は?…って言っても忘れるような物なんか無いか)
ヴェルの言葉は、少なからずも俺の痛いところをついた…
聞こえないフリ、聞こえないフリ…
二人は俺からの贈り物をマジマジと見つめると、顔をあげる。
「それじゃ、そろそろ行くから」
俺は二人と握手を交わし、踵を返した。
「全く、節操のない旅人だな、サクラギという男は…」
エディがあきれた様な表情を浮かべ皮肉を言う。だが俺は振り返りながら、その皮肉を受け止めるとニヤリと笑いながら返す。
「まぁな、それと、俺の名前は、『リュウカ』だぞ?『竜火 佐倉木』…覚えとけ!」
俺がおどけた口調で言うと、エディはバツの悪そうな顔をした。
だがすぐに表情を戻すと、開き直ったように返してきた。
「今度は遭難しないようにな」
俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
何も言い返せないので、俺は一発、頭に手刀を叩き込んでやった。
そして同じように、エリスが顔に笑みを浮かべ、手を握ってきた。
「それでは、またお会いしましょう」
それは、このままお別れにはしないという二人の意思表示だった。
俺は手を握り返しながら頷くと、北へ歩き始める。特に方向に目的があるわけではない
二人は、歩き出した俺のことを見送っている。その表情は俺の記憶の中の誰かと似ていた。
(…長い2日だったな…)
ゼノが呟く。全くだ、と俺は心の中で答えた。
少し歩を進めると、俺は今一度振り返り二人に短く、一時の別れの言葉を告げた。
「また来るよ!」
俺は前に向き直ると、そのまま山道を辿りだした。
しばらく歩くと、あの監獄だった廃墟が横に見えた…
そこは、あの未だに硝煙の匂いが漂ってくる…
(…全く、増長しすぎる者はいつもこうなる…)
ゼノがため息をつきながらおもむろに呟いた。
あの戦いが夢のようだった。
すっかり夜は静寂さを取り戻し、闇の中で獣の遠吠えが、たまに聞こえる程度だった。
(二人とも、元の生活に戻れるかな…)
「…元の生活なんてありえないと思うけどな…また新しい生き方をすればそれでいいよ…」
その言葉にヴェルは、クスリと笑う。誰がどう言おうが、幸せでいてくれるならそれでいい。
それが、俺があの二人に望んだことだった。
あの二人の傷は、一生残る。さっきまでは明るく振舞ってはいたが…俺を前にしてたから…
「ふぅ…」
ため息をついた途端、ヴェルが思い出したように俺に話し掛けてきた。
(それから、あのエリスとか言う娘、次からはちゃんとしたお土産とか持ってったほうがいいよ?)
ヴェルの言葉に俺は疑問符を浮かべた。
(なるほど、だからあの娘は…泣きそうになったりしてたのか…)
ゼノがヴェルの話から何かを察したらしい。なんか凄く気になる…
「何の話?」
((こっちの話…))
二人はニヤついたような声で同時に答えた。一体なんだろう?
まぁ、俺が気にしてもしょうがない…のかな?
俺はそれ以上深く聞く気も起きず、ただひたすら歩いた。
いままで夜の闇に道を隠されていたが、夜があけ光が木々の間から射し、自分の歩いてる山道が伸びたように感じる
俺は、一気に広がった光を掴むように伸びをしたあと呟いた。
「さぁて…いつまで歩き続けるかな…」
No01:The Lightning Punisher …… END
to be continue…
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